大地を走る

好きで走っていた。
汗だくになるのが好きだ。流れる景色を追うのが好きだ。
先行するランナーに追いすがるのが好きだ。一気に抜き去り、置き去りにする快感がよい。
ペースが上がったときの滑るような感覚が好きだ。追いすがってくるライバルとの駆け引きが楽しい。
別に勝ちたいわけじゃない。一等賞には興味がない。
楽しいから走っている。愛国心はあるが、走ることとは関係ない。私は私の喜びのために走る。国の名誉は気にしていない。
楽しみたいという人がいる。私も楽しみたい。楽しむためにやっている。
私が負けると腹を立てる人がいる。国の代表なのだから、責任があるという人がいる。メダルの色などという表現が嫌いだ。即物的で醜い。メダル獲得数という下らない数字の組み合わせに拘る人がいる。
誰が獲得競争をしていますか。私のはカウントしないで下さい。
オリンピックって何なんだろう。
私はこの国の国民だが、オリンピックではただのランナーだ。私の唯一の名誉は、次のスタートラインに向かう力を少し残してゴールすることだ。
だから、私にはあらゆる国家の名誉は関係ない。国家の名誉とは何だ。戦争の代わりに私は走っているのではない。主催国の名誉も関係ない。
私は自分のペースを守り、追いすがるライバルをけ落とし、ゴールに向かって突き進む。風が私の背中を押す。世界中の注目が私一人に集まる。スパートは早いほどよい。その分、私は長い間世界の注目を集めることになる。私は、自由を叫びながら走る。世の中の不自由な人々に自由を祈りながら走る。
実況アナウンサーは気がつくだろう。「彼は何か呟きながら走っているようですね」
スタジアムの巨大なモニターに私の姿が映し出される。私は呟きながら走り続ける。ゴールまで独走する。観衆もきっと気付くだろう。私が何を呟きながら走っているかを。