転倒レポート

職場の同僚が、自動車を運転中にバイクと接触事故を起こした。相手のライダーは大した怪我も無かったようで何よりだ。話を聴いている内に、自分の事故のことが記憶の奥底からよみがえってきた。
以下のテキストは既に他所で公開した、数年前私がバイクで転倒した時の記録である。転記することにした。

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バイクの転倒事故の原因と、それを防止する対策、そして、バイクでこけると実際にどうなるか、について、比較的フレッシュな経験を元に、話を進めます。
さて、先日のことです。晩ご飯、入浴の後、いつもなら8時頃職場に出かけるはずが、段取りが悪くて9時前頃に家を出たのです。
あぁ、遅くなったなぁ、と言う、アセリが一つの原因になっていたことは考えられますが、取り立ててあわてていたわけではありません。
いつもの道、国道2号線から43号線への抜け道に入り、風呂屋の前を抜けて、少し前まで阪神電車の踏切だったところ、半年ほど前に高架になり、今はその名残の小さな坂が残っている、に出ました。抜け道と言っても、ふつうの道路で、自宅の近くの交差点に信号機がないのが不思議なくらい。道幅もあるし、交通量もあります。
問題は風呂屋と、踏切です。線路の両側は細い道になっていて、高架工事終了後に道路の拡幅のための工事を始めました。そのために金網のフェンスが設置してあり、線路沿いを走ってくる車を確認しにくくなっています。
踏切跡の手前側に風呂屋があり、余り広くない駐車場があるばかりに、客が車でやって来ます。駐車場は満杯になり、路上駐車が絶えません。
風呂屋の前の路上駐車のせいで、車が二台すれ違いにくくなっています。風呂屋の前で減速、通り過ぎて加速、そして踏切跡の上り坂、見通しの悪い交差点、しかも、この交差点は、明らかにこちら、つまり、2号線から43号線に抜ける道が優先と思われますが、例の工事のために、標識などが設置してありません。高架の下は、踏切が撤去されたため、道幅が広くなっていて、風呂屋の常連の駐車スペースとなり、さらに見通しが悪くなっています。

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ここの交差点はまだ踏切が残っていた頃から問題があった。つまり、優先順位がはっきりしない、少なくとも標識で明示されていない。しかし、もし、交差する方の道が優先とすると、踏切で車がつまってしまうおそれがあったし、道の広さ、交通量などからも、風呂屋から踏切を渡る道が優先と思われる。
風呂屋の路??上駐車の車を縫うようにしてバイクはすすみ、高架の下、踏切の跡を通過しようとした瞬間、左側から直進してくるスクーターが目に入った。こちらがどのくらいのスピードだったかよく分からない。特別に急いでいたということはなく、いつもなら問題のない速度。ともかく、そのバイクは私が予期していない所から予期していないスピードで私の視界に入ってきた。あぁ、停まりきれない、ぶつかるだろうと思った瞬間に、私のバイクは右側に倒れ、私は路面に叩きつけられた。そして、滑っていった。
左から来る相手を避けようとして、いくぶん右にハンドルを切って、ブレーキをかけた瞬間に、マンホールの蓋に前輪が乗ったらしい。そしてスリップダウン
倒れた時に、右足首が車体の下に入った。エンジンは動いたまま。相手とはぶつからなかったかもしれない。あぁ、やっちゃったなぁ。と思った直後、通りかかった男性と、事故の相手が私のバイクを起こそうとしてくれた。
まず、挟まった足を抜いて、キルスイッチでエンジンを切った。立ち上がることが出来た。骨は大丈夫のようで、ホッとした。二人に手伝ってもらいながらバイクを起こし、道端に移動させた。私が転倒した場所は交差点のほぼまん中だったのだ。
バイクを脇に寄せて、体を動かす。どうやら大きな怪我はないらしい。バイクの方も、右側のウインカーが曲がり、バックミラーが壊れていた意外にさほど大きな損傷は見あたらない。車体やフロントフォークのゆがみが心配であるが、、、
落ち着いてきて、相手と話をすると、ぶつかっていないという。私は状況がわからず、とりあえず、相手の連絡先を訊こうかと思ったら、警察に行こうという。その方がいいかと思い直して、近くの交番に行くことにした。

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バイクが盗まれたときに届けた交番で、事故現場からはせいぜい200メートルくらいである。バイクにまたがり、エンジンをかける。少々かかりにくかったが、無事にかかり、動き出す。ハンドルが右に曲がり、右側のバックミラーが役に立たない。
交番は無人。その日は西宮祭りの日で、警察は出払っているらしい。交番の電話を使うと、本部が出て、すぐに警察官が向かうとのことで、交番の中で待った。明るいところで体の無事を確認する。学生時代はスキーをやっていたのが幸いし、私は転倒が上手である。雪の上とアスファルトの上という違いは小さくはないが。
私はバイクにまたがるとき、ヘルメットに加えて、常に革の手袋と長袖のジャケット(クシタニ製)、長ズボン(ジーンズ)と、丈夫な靴を着用している。
改めて体を調べると、右半身を中心に擦り傷が、数カ所。肘、肩、膝、の擦り傷、打撲。とくに、右肘、右膝は、火傷のようになって血が滲んでいる。ジャケットは擦った跡があり、小さな裂け目が何カ所か出来ていた。手袋も手のひらの辺りが削れており、そう思うと親指の辺りが痛む。
もしジャケットを着ていなければ、ひどいことになっていただろう。手袋をしていなければ、目も当てられない。万が一の時に身を守るためと思っていた装備が、実際に自分を守ってくれたわけである。
そうこうしているうちにパトカーが停まり、警察官が降りてきた。4人もいる!
書類を埋めて、事故係に連絡。現場に戻って事故係の到着を待つことになった。

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事故現場まで、事故の相手とバイクで向かった。しばらくして、交番のおまわりさん達もやって来て、私たちに状況を訊いた。
私は事故の相手に確認した。勝手に転けたわけだけれど、避けきれないと感じたんだが、実際にはどうだったのか?事故の相手は20代後半の男性で、まぁふつうのお兄さん。事故現場の交差点の角の空き地にある自販機でたばこを買い、きちんと確認せずに発進したということである。彼のバイクはホンダディオZX。ディスクブレーキつきのスクーター。彼もぶつかると思ったそうで、やっとの思いで停まったとのこと。そのまま放って帰ることも出来たはずだが、こちらが怪我をしていると思い、現場に残った訳で、良心的というか、常識のある若者。
事故係がなかなか到着しない。4人のおまわりさんも手持ちぶさた。そのうち、風呂屋の周りの路上駐車の取り締まりを始めた。
「おいおい、」もちろん、路上駐車は良くない行為であるが、風呂屋としては、とばっちり??である。
そのうち事故係がやってきて、私たちに改めて事情を聞き、現場の計測を始めた。次々と車が通るので、少々危険である。
一通り終わって、話を聞いた。
この事故は衝突していない。いわば、私の自爆である。それで、お互いの責任はどうなるのか?
現場の優先順位は、標識などがないので曖昧。標識がない理由は、工事中であるからということ。ここは小学校の通学路でもあり、工事と標識は別に考えてもらいたいものである。事故の相手は実際には怪我もなく、バイクも壊れていない。私の怪我と、バイクの修理に関しては、お互いに相談して決めて欲しいとのこと。
ただし、私が病院に行って、治療費がかかり、診断書が出ると、これは人身事故の扱いになる。つまり、事故の相手は人身事故を起こしたことになり、刑事処分の対象となる訳である。
「どうしますか?」と、事故係に訊かれる。
たいした怪我ではないと思う。ただ、今日より明日の方が、あちこちいたくなるだろうし、少し様子を見て、決めることにする。
事故の相手も、それが一番気になるところだろう。
私としては、バイクの修理費用が一番気になっていた。出来ればいくらか負担して欲しいという気持ちはあった。
しかし、バイクの事故は、特殊である。相手が悪いからで済まされる今回は幸運で、どちらが悪いにしても、深刻な事態になる可能性が高い。なんにせよ、自分の身は自分で守らねばならないというのが、私がバイクに乗る上でのポリシーである。
彼の主張は、優先順位がはっきりしない道であるし、実際には当たっていないんだから、責任を取りたくはない。ということ。
まぁ、事故現場に残ってくれただけでも、驚くべき律儀さという気がするし、無罪放免として差し上げることにした。
現実問題として、彼が確認をせずに発進したことが、事故の原因になったことは否めない。法律上はどうあれ、あの交差点を直進してくるバイクや車が脇からでてくる交通のために道を譲る必要があるとは思えないし、それは却って危険である。
しかし、おそらくは踏切跡の路上駐車の車両のためと思うが、私からは発進してくるスクーターが見えず、確認が遅れて事故になった。
幸いなことに、(私にとっても、彼にとっても)いくらか運が良くて、また、きちんとした装備でいたおかげで、私はきわめて軽傷で済んだ。
この幸運にお互い感謝して、ここはそのまま別れようという気分になった。
もちろん、やろうと思えば、人身事故を盾に取り、いろいろと責任を取らせることは出来たかもしれないが、つまらぬトラブルは好まないし、バイク乗りは常に自己責任で自らの身を守らねばならないと思っている私としては、上記のような結論に達した。
後はバイクの修理である。

5

事故処理が終わって職場に向かったが、あちこち痛むし、夜11時近くになっていたので、後かたづけだけで家に帰った。
自宅に戻り、明るいところで痛むところを見てみると、右肘と右膝のキズが少し時間がかかりそうな感じ。後は軽い打撲と擦り傷。病院は行かないことにする。
10年以上着ているお気に入りのジャケットは、肘とおなかのあたりに擦った跡がついて、小さな孔が何カ所か開いてしまった。ジーンズは膝と腰のあたりに2センチくらいの孔が開いている。手袋は手のひらの部分が削れて、縫い目が切れている。
バイクはホンダのVTR250という、比較的小型、女性に人気のある機種である。宅配などにも使われている。
右側に転倒し、滑った訳であるが、意外と損傷は少なかった。
前の方から、、、
フロントフェンダーの先端が削れた、フェンダーはプラスチックであるが、いくらかゆがんでしまっている
ヘッドライトの右上角が少しつぶれて、路面で削られた跡がある。レンズなどは無事。光軸が上を向いてしまっている。
右前のウインカーに傷が付き、根元から曲がった。掴んで引き戻したら、元に戻った。同じくレンズなどは割れていない。
右バックミラーに傷が付いた。これもミラーそのものは無傷。向きを調節してドライバで締め直して復旧
ブレーキレバーが削れてしまった。しかし曲がったりはしていない。放っておくことにする。
マフラーにキズ。かなり見事に削れたような傷が付いた。これも放置
問題はハンドルが右に曲がってしまっていることである。バー自体が曲がったのか、フォークを含めて曲がっているのか、その辺は判断つきかねる。
バイク屋に持っていった。
バイク??屋が言うには、ブリッジなどのねじを緩めて、修正して締め直せばなおるとのこと。細かいことを言えば、ブリッジにダメージを受けているかもしれないから、交換した方がいいかもしれないとのことである。
15分程でハンドルは真っ直ぐになった。工賃3000円。
減速中に、フロントからカタカタと音がする。何かの部品が緩んでいる様な感じ。それ以外は、見かけはともかく、走行には支障がない状態である。



ひと昔前は花形だった中型バイク(400〜250cc)は、今や日陰の存在である。
VTRといえば、かつてのベストセラーVT250Fの末裔である。完成度は、徹底したコストダウンを含めて極めて高い。結論から言って、VTRは実に転倒に強いバイクである。ひとつとして部品を交換することなく、走り続けられるわけであるから。もっとも目立つキズはマフラーについたものであるが、それとて、ちょっとしたキズである。素人さんには説明しなければ転倒の跡はわからないだろう。タンク、フレームなどは無傷である。ひと転び、3000円は、破格の安さでは無かろうか。運が良かったとも言えるが、、、

以前から感じていたことを改めて書く。バイクにとって、もっとも危険なものは、露骨に幅寄せしてくるセルシオや、突然イエローラインを横切って車線変更してくるトラックなどではなく、バイクそのものである。
道路上でバイクが走るスペースは限られる。つまり、自分が走っている前方に突然他のバイクが飛び出してくる可能性が高いと言うことである。車の間から飛び出してくるバイクは目に入りにくい。
バイク同士の事故が、どのくらい起きているか、知らないが、車相手以上に気をつけねばなるまい。
まぁこんなことを呑気に書いていられる私は、全く持って幸運であった。感謝せねばなるまい。
おしまい