かつて、敏感な情熱家は、レーシングマシンが発する爆音を音楽に喩えた。精密なエンジンが音楽を奏でると表現した。
レースは五感の全てを使って体験するものである。音は特に刺激的だ。静寂の中、あちらこちらでエンジンの始動音が響くと、間もなくフォーメーションラップがスタートする。ダミーグリッドを出たマシンは数分以内にグリッドに整列し、スタートシグナルの点灯とともにレーシングサウンドが響き渡る。
一瞬の静寂はエンジンの死を連想させる。スピンアウトしたマシンが、グラベルにはまって砂利を巻き上げる。絶望の淵でエンジンは空回りする。突然速度を失ったマシンが、のろのろとコーナーに入っていく。ドライバーは何度となくアクセルを鋭く踏み込む。状況を把握する。エンジンは回っている。ギヤが入らない。
オイルの臭い。タイヤの焦げる臭い。白煙。焼き付くカーボンディスク。レコードラインの一歩外側には無数のタイヤ滓が積み上がる。ブレーキング競争に敗れたライバルが曲がりきれずにシケインをショートカットして縁石に跳ね上げあられる。どうしてもライバルをかわせずに後塵を拝し続けたマシンとヘルメットシールドはオイルで真っ黒に汚れ、イチかバチかのピットインを敢行する。
ホンダのエンジン音をテーマにしたCMの出来がよい。F1のエンジン始動音が刺激的だ。ASIMOの走行音も、ホンダの誇るグランプリマシンから、スクーター、耕耘機(そしてジェット機)に至るまで、さまざまなエンジンが音楽を奏でる。

F1中継の中で流されるのを何度か見た。
木村くんの映画とタイアップして、糊の利いたつなぎを着たピットクルー達が塵一つ付いてないてかてかのF1をいじくり回すトヨタのコマーシャルと雲泥の差だ。そっちの映像は見つけられなかった。